アーティゾン美術館、ミュージアムの進化形
東京・京橋のアーティゾン美術館を訪れた。前身のブリヂストン美術館から装いを一新、今年1月に開館したが、新型コロナウイルスのため二度休館、6月23日から再開した。
23階建て高層ビルの4-6階に展示室があり、入館者は6階へ上がって、降りていく順路一方通行。当初から行列、混雑回避のため、入場時間枠を1日4枠(金曜のみ5枠)とし、web予約する仕組み。ルーヴル美術館などでも昨年から時間予約制を採用し(あまりの混雑に音を上げて)、コロナの時代には、これがいいのかも。ただ、イタリアのさる教会や美術館のように、予約超困難、というのも困りものですが。
web予約は一般1100円(当日は1500円)、大学生以下は無料、というのもいい。国立西洋美術館のように65歳以上無料ならなお有難いが、そこまでは言いません。
で、肝心のアートの内容です。
6階で開催されていたのは、「鴻池朋子 ちゅうがえり」。石橋財団コレクションとアーティストとのジャムセッションの第一回。
上は「皮トンビ」という大きな造形。
「ドリームハンティンググラウンド」
オオカミやなどエゾシカなど害獣として駆除された動物の毛皮が吊るされています。
いずれの作品も実のところ意味は分からないけれど、自然を前にした戦(おのの)きのようなものを感じる。
作品の合間にギュスターブ・クールベの油彩「「雪の中を駆ける鹿」があった。コラボらしい。
「カレワラ叙事詩」と題したヒグマなどの毛皮。
旅先で出会った人々の話を手芸で縫うプロジェクト「物語るテーブルランナー」。その素朴な絵柄のランチョンマットの間に、シスレーの「森へ行く女たち」が置かれている。
プログラムガイドにある鴻池さんの言葉。
「人間は一匹の動物として一人一人全部違う感覚で世界をとらえ、各々の環世界を通して世界を眺めている。
それらは一つとして同じものがない。同じ言葉もない。
同じ光もない。芸術がそのことに腹をくくって誠実に取り組めば、小さな一匹にとって世界は官能に満ち、やがて新たな生態系が動き出す。イリュージョンを言語にすり替えず、日々出会うものたちをしっかりと手探りし、遊び、粛々と自分の仕事をしていこう」
現代アートは、見慣れたと思い込んでいる風景を異化してくれるところがイカしている。
5階に降りる。
海岸に転がる巨石のビデオ映像が流れている。
第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館展示帰国展「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」。日本館の展示室を再現した。オレンジ色のバルーンは卵や救命ボートを想起させる、とガイドには書かれている。
4階へ。
石橋財団コレクション2800点から選んだ印象派などの西洋近現代美術、日本美術を展示する。
日本の美術館ではまだ数少ない「写真撮影OK」。
カミーユ・コロー「ヴィル・ダヴレー」
ウジェーヌ・ブーダン「トルーヴィル近郊の浜」
マネ・タッチの極致⁈
ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」
最晩年のサント=ヴィクトワール。これもセザンヌ・タッチの最後の境地。
ポール・ゴーガン「乾草」
草むらのクジラの死骸のようなものは何なんだろう。奇妙な絵。
エドガー・ドガ「右足で立ち、右手を地面にのばしたアラベスク」
ずいぶんアクロバチックなポーズのブロンズ像の向こうには、日本の名品が並ぶ。
近づいて、カメラに収める。
黒田清輝「針仕事」(部分)
藤島武二「黒扇」(部分)
青木繁「海の幸」(部分)
クローズアップすると、タッチがわかる。19世紀末から20世紀初め、日本の画家たちが、印象派やその前後のパリの絵画潮流に影響を受けたことを感じる。
アンリ・マティス「画室の裸婦」
点描からの移行期でしょうか。
パブロ・ピカソ「腕を組んですわるサルタンバンク」
ヴァシリー・カンディンスキー「自らが輝く」
新収蔵品とのことです。
アルベルト・ジャコメッティ「矢内原」
部分の拡大。存在の核に迫ろうとする執拗な線の重なり。永遠運動のような。見飽きない。
前身のブリヂストン美術館はブリヂストンの創業者石橋正二郎が1952年(私の生年!)に新築したビルに開館。2015年5月から休館し、高層ビルに建て替え、名前もアーティゾン(アートとホライゾン=地平の合成語。時代を切り拓くアートの地平、との意味が込められているとか)と改め、今年オープンした。
この間2017年には、モネの大睡蓮の連作があるパリのオランジェリー美術館で、コレクション展を開催。当時たまたまパリを遊歩していて訪れ、海を渡ってやって来た名品の数々に遭遇したのだった。
石橋財団はメアリー・カサットら19世紀後半のフランスの女性画家たちの作品5点を新たにコレクションに加え、特集コーナー「印象派の女性画家たち」で紹介している。
ベルト・モリゾ「バルコニーの女と子ども」
柵越しにパリの風景を眺める後ろ姿の女児と女性は、マネの「駅」を想起させる。マネと親しかったモリゾ(マネの弟と結婚した)が、マネの絵にインスピレーションを得て…と思ったが、制作年はモリゾの作品が1872年、マネは1873年となっている。なら、マネが真似?
エヴァ・ゴンザレス「眠り」
マネのモデルにして「唯一の正式な弟子」とガイドには書かれている。
マリー・ブラックモン「セーヴルのテラスにて」の部分。印象派のタッチですね。
コーナーには関連する男性画家の作品も並んでいる。
マネ「自画像」の部分
新収蔵品のアンリ・ファンタン=ラトゥール「静物(花、果実。ワイングラスとティーカップ)」
部分
同部分
クロード・モネ「睡蓮の池」
ギュスターブ・カイユボット「ピアノを弾く若い男」
カイユボットは印象派の画家たちを経済的に支援、買い取った作品は国に遺贈された。印象派美術館とも称されるオルセー美術館は、彼の存在抜きに考えられない。感謝!
オーギュスト・ルノワール「すわるジョルジェット・シャンパルティエ嬢」
もう一つの特集コーナーはパウル・クレー。
点描を生かした作品「島」(下)を新たに収蔵したのを記念しての特別展示だが、もともと24点も所蔵していたことに驚く。これだけでも見応え十分。
「小さな抽象的ー建築的油彩(黄色と青色の球形のある)
「数学的なヴィジョン」
「踏切警手の庭」
「家の投影」
「宙飛ぶ竜の到着」
「羊飼い」
クレー(1879ー1940)はスイスで生まれ、ミュンヘンで芸術活動、カンディンスキーらと「青騎士」を結成した。国立造形教育学校バウハウスの教授になったが、ナチスによる前衛芸術の弾圧で、スイス・ベルンに亡命。晩年は難病と闘う中で「天使」シリーズなどの作品を制作した。
吉行淳之介の小説や谷川俊太郎の詩にもインスピレーションを与えたクレーの作品は、抽象と具象のあわい、モダンデザインのようでもあるけれど、じっと見ていると意識の奥底に沈んでいくような不思議な魅力がある。
図録が並ぶインフォルーム。
東京の街のビルに舞い降りた「勝利の女神」。
4階のロビーにあるクリスチャン・ダニエル・ラウホ(1777-1857)の大理石像。ガラス窓越しに東京の風景。
1階入り口にあるディスプレイに展示作品の映像が流れている。
進化した美術館、というのが素朴な感想です。