パリ、コート・ダジュール(2019・6・5~12)
ルーヴル美術館のドゥノン翼、彫刻が並ぶ廊下の突き当たりの階段上に、人だかりに囲まれて「サモトラケのニケ」が優雅にたたずんでいる。 1863年、エーゲ海にあるギリシャ・サモトラケ島の考古学調査で、腰、胴、羽根がバラバラの状態で見つかった。頭、腕は…
この絵は誰の絵か? ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)の「ディエップの高台からの海景」(1852)。 印象派が描いたような風景。ドラマティックで色彩が躍る絵を描き続けた19世紀フランス・ロマン主義の画家の54歳の作品というから、少し驚く。こんな淡泊…
今回、旅の最後に訪れたのはルーヴル美術館。 2018年に年間入場者数が初めて1000万人を超え、過去最高の1020万人に達した。前年の810万人から25%増と、驚異的な増え方ですね。2012年の970万人をピ-クに、2015年のテロ事件でパリへの観光客が減少、一転爆発…
宿泊するホテルの部屋から、サン・ジェルマン・デ・プレ教会が見える。パリで現存する最古の教会、とされる。6世紀に建てられ、9世紀に焼失したあと再建されたらしい。 下は教会の中。ブルーが鮮やかで、思いのほか新しい感じ。 向かいにはルイ・ヴィトン…
パリのオルセー美術館は何回目かの訪問で、以前、二回に分けてブログで書いたことがあるので、今回は過去、見落としていた作品、見過ごしていた作品を取り上げたいと思います。 エリー・ドローネー「死の天使ーローマのペスト」(1869) 2014年の日本でのオ…
ポンピドゥー・センターで20世紀のフォーブ、抽象、シュルレアリスム絵画を見て回ったあと、パリ市庁舎を一瞥し、メトロに30分ほど乗ってサッカー女子W杯フランス大会のアルゼンチンー日本戦の観戦に向かった。 パリ市庁舎 メトロは超満員で、フランス人ら…
パリのポンピドゥー・センターにはワシリー・カンディンスキー(1866~1944)の作品が数多くある。 「抽象絵画の父」ともいわれるモスクワ生まれの画家の有名なエピソードを二つ。 一つは28歳のときの話。モスクワで開かれた印象派展でモネの「積藁」を見て…
南仏からパリに戻った翌日の月曜日、朝からルーヴル美術館に突撃したが、団体客以下行列が延々とできていたので、あきらめ、ギャラリー・ラファイエットなどショッピングゾーンをうろついたあと、午後にポンピドゥー・センターに行った。 何も知らずに見たら…
南仏の最後はマティス美術館。ニースのシミエの丘にあり、ローマ時代の遺跡が保存された考古学博物館が隣接する。 エントランスは地下にある アンリ・マティス(1869~1954)は第一次大戦下の1917年にパリからニースに移り、第二次大戦の爆撃を避けてヴァン…
ニースのシャガール美術館はその名がついたバス停のすぐ近く、高級住宅街の一角にあった。正式名称は「国立マルク・シャガール聖書のメッセージ美術館」。1966年、シャガール(1887~1985)がフランスに寄付した聖書の場面17点の連作をもとに、73年、画家86…
マティスの礼拝堂だけ見てヴァンスの旧市街をパスし、夕方、400番のバスに1時間揺られてニースに戻る。 夕食は、ホテル直近の日本人シェフが経営するレストラン「エコール・ド・ニース」を予約していた。パリで日本人シェフが多数活躍しているが、ここニー…
サン・ポール・ド・ヴァンスから隣村のヴァンスへはニースから来たのと同じ400番のバスで7分ほど。土曜の昼間は30~40分に1本運行し、ヴァンスは終点だ。 バスターミナルの周りは変哲もない街並み。「Chapelle du Rosaire MATISSE」と書かれた標識があった…
マーグ財団美術館から中世の城塞都市、サン・ポール・ド・ヴァンスの村に行く。遠そうに見えるが、歩いて15分ほどの距離だ。 村の入口でアートが出迎え。 石積みの壁、褐色の瓦屋根が南仏の雰囲気を醸す。 のどが渇き、少しお腹もすいたので、大きな木に囲…
南仏に点在する鷲の巣村の一つ、サン・ポール・ド・ヴァンスへは、ニースからバスで1時間がかりだった。 村はずれの森の中に、マーグ財団美術館はある。 門をくぐって前庭に入ると、オブジェが出迎える。木々に囲まれ、緑の芝に置かれたミロ、アルプ、カル…
朝、ニースの海岸沿いの道を散歩する。 晴れて微風、空も海も青く、実に気持ちがいい。 天使が羽根を広げたような形から、アンジュ(=エンゼル)湾と呼ばれる弓なりの海岸沿いに、プロムナード・デザングレ(英国人の散歩道)が続く。 19世紀、保養にやって…
花壇が観光客を迎える 地中海に面したアンティーブは2000年以上前のローマ時代からの港町で、中世には外国との貿易拠点となり、今も残る城壁は戦争や疫病から街を守るためのものだったとか。面積26平方㌔、人口7万5000人ほど。 ニースからアンティーブ駅ま…
パブロ・ピカソ(1881~1973)は第二次世界大戦後の1946年9月から11月まで2か月間、アンティーブのグリマルディ城にアトリエを構え、数々の作品を制作した。ここを去る時、制作した23点の絵画と44点の素描を市に寄贈し、これをもとに1966年、ピカソ美術館が…
南仏の古くからの港町アンティーブにあるピカソ美術館。ピカソには申し訳ないが、ニコラ・ド・スタールが一番の目当てだった。 スタールの絵画を知ったのは、アマゾン・プライムでジャン・リュック・ゴダールのストーリー不明映画「さらば、愛の言葉よ」(20…
(夜のカフェテラス) ゴッホ(1853~1890)の絵をデジタル技術で三次元動画にして見せるシアターが、パリで評判になっていると知り、訪れた。 アトリエ・デ・リュミエール。「光のアトリエ」の意味だろうけど、映画を発明した「リュミエール兄弟のアトリエ…
パリ20区にあるペール・ラシェーズ墓地を訪れた。 1804年に開設され、あまたの著名人の墓があることで、観光地にもなっているが、はずれにあるので、これまで足を運ぶ機会がなかった。 墓の数7万。近くに新しくできたアート施設に行くついでに、初めて足を…
アルベルト・ジャコメッティの彫刻と絵画は40数年前の大学生のころ、確か、展覧会で見て以来、記憶の隅に残り続けていた。極限まで細くなった人、何重もの描線で透写されたような顔。 確か、というのは、今調べてもそのころ関西でジャコメッティ展があったと…