5月19日、ボルドー2日目の午後、マティスの「色彩のシンフォニー」から市内に戻ってから、ボルドー・パスで無料乗車(本来は14€)できる電気トレイン=プチ・トランの歴史地区ツアーに参加した。

今回の旅先のエクサン・プロヴァンス、シャルトルでも見かけたこのプチ・トラン、乗車は初めてとなる。テーマパークを楽しむ子供の心境。

ホテル近くにスタート地点の停留所があり、経路案内も。一周45分。

座席に置かれたヘッドホンは9か国語対応の音声ガイド。ちゃんと日本語もある。近ごろヨーロッパの日本人観光客が減ったせいか、前からそうだったかは忘れたけれど、過去に何回か乗ったパリのセーヌ川クルーズは中国、韓国語の案内はあっても、日本語はなかった。
年配の日本人の夫妻が同じトランに乗ってきた。東京在住、豪華クルーズ船ツアーでボルドーに寄港、ガロンヌ川に停泊中の船から市内観光に来たとか。クルーズでの海外旅は毎年というから、富裕層とお見受けした。

出発してすぐに見えるのは、カンコンス広場にあるジロンド派記念碑。高さ43m、円柱の先端には、壊れた鎖を握る自由の天使像。

フランス革命で、ボルドーの商工業者らを後ろ盾にしたジロンド派は、ルイ16世の処刑に反対し、穏健派だったが、ロベスピエールらの急進的なジャコバン派との勢力争いに敗れた。碑は革命100年を記念して1902年に完成した。

イベントが予定されているのか、広場の大部分は周りを幕で囲われていた。広場の外側から望んだ二本の円柱の碑は1827~28年に建てられた。先端の人物の片方は商業と貿易の神メルクリウス(ヘルメス)、もう一方は道路と港の女神、旅人の守護神アルテミスだそうだ。いずれもガロンヌ川に向き、港湾都市ボルドーの栄華を象徴しているとか。

広場のモンテーニュ像は後姿しか撮影できなかった。
ミシェル・ド・モンテーニュ(1533~1592)はルネッサンス期の哲学者、モラリスト、懐疑主義者。「随想録」とも訳される著作「エセー」で知られる。ボルドー市長も務め、城館住まいをした。堀田善衛が「ミシェル 城館の人」というタイトルで評伝を書いている。「エセー」は、ああでもない、こうでもないと、のらりくらりの随想にみえるが、鋭い人間観察に基く卓見が盛りだくさん、宗教戦争下にカトリック(本人)とプロテスタントの融和、寛容の精神を説いて現代にも通用する著作、と評される。17世紀に無神論者の書として禁書になったらしい。「ミシェル 城館の人」は途中まで読んで休止中。
ボルドーの3Мの一人。
あとの二人は、「法の精神」を表したモンテスキュー(1689~1755)と、ノーベル賞作家フランソワ・モーリヤック(1885~1970)。
モンテスキューは立法、司法、行政の三権分立を唱え、英国政治に影響を受けてフランスの絶対王政を批判、アメリカ合衆国憲法やフランス革命の理念に影響を与えたとされる。著作「法の精神」はカトリック教会から禁書にされたらしい。
モーリヤックは20世紀前半の「神なき時代の人々の苦悩」をテーマにしたとされる。代表作の小説「テレーズ・デスケルウ」をこの機会に読んだ。
テレーズは結婚して間もない夫に嫌悪感を抱き、毒殺を図るが、身内に犯罪者を生みたくない家族、夫らの嘘によって免訴になる。放免され帰宅する途上や家族による幽閉生活のなかで、テレーズの内的独白がつづられる。ボルドー近郊の閉鎖的風土から女性が自立、解放を目指す物語、という単純な話ではないようで、信仰と情欲がからみあい、今風にいえば「心の闇」に迫ろうとした、ともいえるのだろうが、結局、殺意の理由はなんとなく不条理なままということになる。
遠藤周作はカトリック作家のモーリヤックに傾倒し、この小説の翻訳も手掛けている。
文学史上に現れた「毒婦」のはしりともされるが、エミール・ゾラの小説「テレーズ・ラカン」(名前が同じ!)(1867)は愛人とともに夫を殺害する妻の話で、「毒婦」はゾラが先かもしれない。自然主義の作家だけに、信仰とは無縁の小説だったような気がします。

プチ・トランはガロンヌ川方向へ。停泊中のクルーズ船。
「水の鏡」のあるブルス広場から、商業施設の横を走るトラムと並行して進む。

ガロンヌ川にかかるピエール橋に面したブルゴーニュ門。1750-55年に、当時のブルゴーニュ公、のちのルイ16世の兄を称えて建てたらしい。

歴史地区の狭い通りをプチ・トランは縫うように走る。

15-16世紀に建てられたサン・ミッシェル大聖堂

サン・ミッシェル大聖堂から少し離れたところにある高さ114mの鐘楼


カイヨ門のあるパレ広場の銀色の物体は、視覚障碍者が指先で街のレイアウトを把握できる触知式のブロンズ製立体地図(プラン・レリーフ)とか。

グロス・クロッシュ(大鐘楼)は13世紀にできたフランス現存の最も古い鐘楼の一つとか。

ボルドー美術館

歴史、考古学資料を収蔵するアキテーヌ美術館

サン・タンドレ大聖堂の独立鐘楼ペイ・ベルラン塔が見えてきた。頂上に金色のマリア像。

サン・タンドレ大聖堂

スタート地点に戻る。
1780年に建てられたボルドー大劇場。12本のコリント式柱の上にミューズが飾られている。
ここでトランを降りて、クルーズの夫妻に別れを告げ、途中気になったサン・タンドレ大聖堂を見に行くことにした。


中のステンドグラス

バラ窓


11世紀から16世紀にかけて建設されたサン・タンドレ大聖堂は、サン・ミッシェル大聖堂とともに、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路として、またボルドーの歴史的建造物として、世界遺産にダブル登録されている。

斜め後ろから

鐘楼が少し離れているのが面白い。


大聖堂に隣接する市庁舎。18世紀に大司教の宮殿として建てられ、1835年以来、市庁舎として使われている。