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「ビュールレ・コレクション」はなかなか凄かった

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東京・六本木の国立新美術館で開かれている「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」が思いのほか良かった。印象派の世界有数の個人コレクションの看板に偽りなしでした。

目玉のルノワールの「イレーヌ」がひときわ輝きを放っている。「イレーヌ・カーン・ダンヴェールの肖像」または「可愛いイレーヌ」と題されたこの絵は、1880年、画家39歳の作品。NHKの日曜美術館で取り上げられ、会場でも一番人気だ。「絵画史上、最強の美少女(センター)」というチラシのキャッチコピーにも、ついうなずいてしまうのだけれど、絵画の数奇な運命によって、観る者はより一層、特別な一点として見入ることになる。

パリのユダヤ人富豪、カーン・タンヴェール家の依頼で描かれた令嬢の肖像画は、われわれからすると理解しがたいことに、両親に気にいられず、家の中でも目立たないところに置かれていたという。1940年、ヒトラーナチス・ドイツがパリを占領し、美術品の略奪が始まり、イレーヌの長女宅にあったこの絵も印象派を好んだゲーリングに持ち去られた。長女一家は強制収容所へ送られ、戻ってこなかった。

連合軍がヨーロッパ解放を進める中で、略奪美術品の奪還チーム(映画「ミケランジェロ・プロジェクト」ですね)が活動、「イレーヌ」はベルリンで発見され、パリのイレーヌ本人の元に戻った。しかし間もなく、美術品収集家のエミール・ゲオルグ・ビュールレが本人から買った、という物語だ。

ビュールレはドイツ生まれで、スイスで機械製造業をする中で、第二次世界大戦時、ナチス・ドイツにエリコン20ミリ砲という機関銃を納入し、財をなした武器商人というから、絵を売却したときのイレーヌの心情というのは相当に複雑ではなかったのか、とつい想像してしまう。互いに相手のことを知らなかったということも考えられるが、実のところはわからない。

ビュールレという人は1936年ごろから20年をかけて印象派を中心にした絵画を収集したらしい。ナチス・ドイツが退廃芸術として押収、あるいはユダヤ人から略奪して売った絵画がコレクションに含まれていたのかどうか、よくわかっていない。それにしても武器を売った莫大な資産で憑かれたように買い集めたのは、趣味の域を越えて、贖罪のようにも感じる。これまた勝手な想像。

ナチス・ドイツの美術品略奪を巡る映画には、少々ずっこけ気味な「ミケランジェロ・プロジェクト」(2014年、ジョージ・クルーニー監督)以外にも、「大列車作戦」(1964年)、「黄金のアデーレ 名画の帰還」(2015年)がある。前者は、懐かしのジョン・フランケンハイマー監督&バート・ランカスターで、レジスタンスによる列車転覆シーンが迫力の重厚なアクション映画、後者はヘレン・ミレンが火事場泥棒みたいなオーストリア政府からクリムトの絵画を取戻す女性を演じ、胸のすくお話だった。

話をビュールレ・コレクションに戻すと、世界には米国はじめ印象派の作品を買い集めたコレクターは数々あって、日本も国立西洋美術館の松方コレクションや、ポーラ美術館、ブリヂストン美術館など、点数では米国財閥に負けても、質では全く引けをとらない。

「イレーヌ」は、ルノワールの代表作の一つ「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」(1876年)と「都会のダンス」「田舎のダンス」(1883年)の間に描かれた作品で、印象派展に参加しながら、なかなか絵が売れず、金に困ってブルジョワの家族の肖像画を描く仕事を引き受けていた時期とされる。

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他の出展作品で印象に残ったのはシニャックの点描「ジュデッカ運河、ヴェネツィア、朝」、マネの「オリエンタル風の衣装をまとった若い女」など三作、セザンヌの超有名な「赤いチョッキの少年」、セザンヌ晩年の完成を放棄したような「庭師ヴァリエ」、ゴッホ「日没を背に種まく人」、ブラックのキュビスム作品「ヴァイオリニスト」。

この展覧会にはおまけの話がある。ビュールレの死後、コレクションを飾っていたチューリッヒの邸宅はそのまま美術館になっていたが、2008年に「赤いチョッキの少年」など4点が盗まれた。その後絵は発見、回収されたが、警備上の理由で2015年に館は閉鎖。2020年にできるチューリッヒ美術館新館に展示されることになった。それまでの間の巡回展で、これだけまとまって日本で見られるのは最後、と言われている。

日本の他の美術展同様、カメラ撮影禁止だが、撮影しない、できない分、一点一点、色彩、筆触を確かめながら1時間30分ほどかけて丁寧に見て回ることができた。64点という点数がほどよい数だったのかもしれない。海外の美術館では、点数が多すぎて、片っ端から写真を撮っては、次へ次へという見方をしがちだが、作品をじっくり見る楽しさを再認識した。

最後のコーナー、モネの「睡蓮」だけはなぜか撮影OKで、みんなスマホでカシャカシャ。サプライズのサービスだった。

大人1600円の入場料で、映画鑑賞に近い時間楽しめる。映画はシニア割引でもう少し安いが、今回に限っていえば、映画以上の充足感、だったかもしれない。

それはいいにしても、この展覧会は関西をすっ飛ばして、福岡、名古屋でやるらしく、関西人としてはなんでや、と思う。

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