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映画と本とアートと遊歩

オルセー美術館(Musée d’Orsay)後篇

 

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悲劇の二人  

 オルセーのヴァン・ゴッホは「星月夜」「アルルの寝室」「自画像」「オーヴェール・シュル・オワーズの教会」がよく知られ、人気も高い。

 「星月夜」はアルル時代の作品、「アルルの寝室」はアルルでゴーギャンを待つ時の寝室の情景で、二人のその後の決別を知っている鑑賞者としては、椅子二つが物悲しいとはいえ底抜けに明るい色彩に目をみはる。自画像はメラメラ背景が際立ち、教会の絵は自殺の1か月余り前に描かれ、色彩は明るいが建物が揺らいでいるように見える。生きている間は1枚も絵が売れず、悲劇の画家だったことは、小学生のころから伝記を読んで知っていたが、日本のバブル期の蛮行も手伝ってか、今や高額画家の代表の一人。ピカソレオナルド・ダ・ヴィンチに次いで知られた画家かもしれない。

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 「傲岸」な感じの自画像もあって、悪者扱いされがちなゴーギャンは、タヒチの絵が当然多く、人物に目が行きがちだけれど、人物とともに描かれた物の形、色彩がいいと感じるようになった。オレンジと緑。未開を追い続けた、ゴッホと同じ絵画の求道者。

 ゴーギャンが加わったブルターニュのポン・タヴェン派の延長線上に、モーリス・ドニピエール・ボナールエドゥアール・ヴュイヤールらのナビ派が生まれる。ゴーギャンはフランスから遠くへ行ってしまったが、現代の装飾芸術につながるナビ派の作品にひきつがれたものがあったのですね。オルセーは近頃、このナビ派を売り出しているらしい。

ヴァロットン 

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 ナビ派に接点もあったフェリックス・ヴァラットンは、3年前、東京の三菱一号館美術館で展覧会をしたのが記憶に新しい。この時、ポスターにもなったのが、「ボール」。広い公園で麦わら帽子をがぶった女の子が赤いボールを追いかけている姿が俯瞰され、遠くに誰かと立ち話をしている母親らしい人物が見える。どちらも表情は見えない。そんなに離れちゃだめだよ、と、女の子に声をかけたくなるような、見ているものを不安にさせる絵だ。アニメの1シーンのようだと思う人もいるかもしれない。一度見たら忘れられない絵のはずだが、三菱一号館美術館の展覧会でこの絵を知るまで、オルセーで見た記憶がない。膨大な展示品があるとはいえ、印象派中心に見たいものしか見てこなかったということなのだろう。

 作家辻仁成さんは国立新美術館で開かれた「オルセー美術館展2010『ポスト印象派』」の絵画をもとに、連作小説『或る女の一生』(「オルセー印象派ノート」所収)を綴ったが、最初に登場するのがこの「ボール」の少女だった。

 「オルセー印象派ノート」の前書きで、辻さんは美術館の魅力をこう語る。少し長いけれど、引用させていただく。

 

 「ここオルセーは、誰もがよく知る歴   史的名画と、まるで旧友と再会でもする かのごとく、気さくに、生々しく、出会うことのできる美術館といえる。画家の匂いや息吹や呼気さえも感じることのできる身近な場所に名作がずらりと展示されているのだから驚きを禁じ得ない。同時に、パリの人々の芸術への寛容、親しみ、敬意、親密度を目の当たりにすることもできる。触れようと手を伸ばせばそこにあの名画が飾られているのだから、感動の大きさも計り知れない。芸術を檻に閉じ込めないオルセー美術館の美術との接し方に、過去も未来も含め、さまざまなことを考えさせられる」

 

 言い尽くしてますね。あえて付け足せば、印象派の名画は米国はじめ世界に散らばっているが、美術館の外に出れば描かれた光景がある、というのはここパリならでは、ということです。

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 描かれた詩人たち 

 点描のスーラ、シニャック、素朴派アンリ・ルソー耽美派ギュスターブ・モローもい いけれど、またの機会にし、最後にファンタン・ラトゥールの群像画に触れておきたい。

 オルセーで目にしたのは「ドラクロワ礼賛」と「テーブルの片隅」。前者は、ドラクロワを囲んで世紀末詩人ボードレールやマネが描かれている。初めてオルセーを訪れた時、予備知識なくこの絵を見つけて、「ボードレールがいる」と思わず叫んだら、近くにいた米国人のおじさんが、「その通り。私はボードレールの大ファンで、この絵を見にきたんだ」と嬉しそうに話しかけてきた。かぶった帽子のひさしの上を指さすのをみると、「Baudelaire」の縫い取り。陽気な感じの米国人と「パリの憂鬱」の詩人は結びつきにくかったが…。

 後者の絵には世紀末詩人のランボーヴェルレーヌがいる。二人の肖像画は切り離された単独の肖像画として詩集にしばしば使われ、その記憶のために、ボードレール同様、思わぬところで知り合いに再会したような気分を味わった。

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 19世紀末、群雄割拠した個性の強いオルセーの画家たちに共通する点があるとすれば、日本の浮世絵の影響かもしれない。構図、技法において、想像以上に広重、北斎らからインスピレーションを受けていたらしいことは、和楽2015年10月号の特集「モネと浮世絵、数奇な物語」が豊富な絵の対比で教えてくれる。あ、これも構図そっくり、真似だったのかと。

 

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 パリ万博時の駅舎を利用した建物云々の歴史については、案内書に譲るとして、所蔵品の魅力を知るには、年代順、画家別、テーマ別に解説した「オルセー美術館 絵画鑑賞の手引き(日本語版)」が便利だ。このブログを書くうえでも参考にさせてもらった。ミュージアムショップで販売されているこの本、2016年に19€で買ったのだが、家に帰ると同じ本が本棚にあった。装丁と各ページの絵画のレイアウトが少し違うものの文章は同じ。たぶん2003年に買ったもので、こちらは17.5€。同じ本を買ってしまったことの残念感以上に、価格があまり変わってないことに驚いた。

 もう一冊、芸術新潮2010年7月号の特集「生まれかわるオルセー美術館」は、三菱一号館美術館高橋明也館長の案内で、新装された美術館とみるべき作品について、素晴らしく行き届いた解説書になっている。当然写真がいいので、わざわざパリに行かなくてもいいのでは、と思わせるほどだ、と書きつつ、いや、まだ未知の名品があるに違いない、再会と新たな発見を求めて、また繰り返し行くに違いないと思う。

 

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