デジタルゴッホに驚いた
(夜のカフェテラス)
ゴッホ(1853~1890)の絵をデジタル技術で三次元動画にして見せるシアターが、パリで評判になっていると知り、訪れた。
アトリエ・デ・リュミエール。「光のアトリエ」の意味だろうけど、映画を発明した「リュミエール兄弟のアトリエ」とも読める。ペール・ラシェーズ墓地に近い11区の、元は19世紀の機関車などの鋳造所を改装して、ホールにした。2018年4月にオープンし、第一弾はウイーン世紀末のクリムト、次いで今年2月から12月まで「ファン・ゴッホ 星月夜」。夫婦ともにゴッホファンなので、見逃すわけにいかない。
(アイリス)
パレットの原色の絵具が飛び散るように現れ、絵に変化してゆく。プロヴァンスの光まばゆい世界から、黒と茶色で暗く塗り込められたオランダ時代に戻り、パリ、アルル、サン・レミ・ド・プロヴァンス、そして終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズへ。
(種まく人)
(シエスタ)
「この季節になると、あらゆるものに古金色、ブロンズ色、銅色が備わるんだ。ぎらぎらと輝く青緑色の空の下で、それは美しい調和のとれた心地よい色を生み出してくれる」(テオへの手紙)―「僕はゴッホ」から
(ジャガイモを食べる人々、白い頭巾の農婦の顔)
「ほのかなランプの灯りの中でジャガイモを食べる彼ら農民は、皿に差し出されるまさにその手で、大地を耕しているんだ。この絵はそんな肉体労働によって彼らが誠実に日々の糧を手に入れていることを表現していたんだよ」(テオへの手紙)―「僕はゴッホ」から
(ひまわり)
壁、床、天井に作品が次々と現れ、クローズアップされ、流れ、混じり合い、描かれた舟が波にたゆたい、光が夜の海に反射し、カラスが麦畑を飛ぶ。
ジャニス・ジョプリンの叫ぶような歌声からカラヤン指揮のグリーグ「ペールギュント」、スメタナの「モルダウ」。映像とともに音響がホールを包む。
ゴッホの絵の中に投げ込まれたような感覚。
鑑賞者は歩き回り、床やベンチに座り、あるいは映像を背景に記念撮影する。
(花咲くアーモンドの枝)
失恋のトラウマ、挫折した伝道師への道、パリで出会ったゴーギャン、ロートレック、ピサロ、印象派そして日本の浮世絵、「日本のような風光」を求めて向かったアルル、画家共同体の夢、ゴーギャンとの決別、耳切り事件、ピストル自殺。
自殺については、地元の人の猟銃の流れ弾の事故、という説もあるようだが、現場で後年(!?)発見されたピストルがオークションで落札されたという奇妙なニュースが先日新聞に掲載され、いまだ謎めいている。
(星月夜)
(ローヌ川の星月夜)
プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」がパリを、マイルス・デイヴィスの「死刑台のエレベーター」のトランペットがアルルの日々を伴奏し、ヴィヴァルディの「四季・夏」、ニーナ・シモンの「悲しき願い」、最後のアシュケナージによるブラームス「ピアノ・コンチェルト」へと続く。(妻が音楽認識アプリでチェックした結果です)
激しやすく直情径行、生前1枚しか絵が売れなかった「炎の人」の37年の悲劇的生涯を絵画で描く30分間のショー。
(カラスのいる麦畑)
「荒天の中、見渡す限り麦畑が広がる風景。悲しみだったり、この上ない寂しさだった里を、この絵で表現しようとしたんだ」(テオへの手紙)―「僕はゴッホ」から
「豊かな色彩と主題」でゴッホを選んだと、制作者は言う。生涯に描いた2000点から400の油彩と50のデッサンを選んで動画に仕立てた。140のプロジェクターと50のスピーカーで、30の動画を同時に見るという三次元体験。美術作品への新しいアプローチだが、「ビジターはこれをきっかけに、美術館に足を運び、本物の作品を見てほしい」と、制作者はインタビューに答えている。
浮世絵に魅かれたゴッホにちなんで、北斎らの絵を動画にした「夢に見た日本 浮世絵」も併せて上映されている。
入場時間は30分ごとで、日本からネット予約をした。木曜午後3時だったけれど、行列ができるほどでした。