パリ95番バス

映画と本とアートと遊歩

阿蘇の思ひ出

壁に描かれたストリートアート。建物ともども少々色あせてはいるが。

ここはNYブルックリンか、ロンドン下町か。

 

巨大な椅子。アートと呼ぶにはためらわれる、ただ大きいだけの椅子。

これを見れば、日本とわかる、昭和レトロの店。

ここは熊本県阿蘇市の内牧(うちのまき)温泉。JR豊肥線阿蘇駅からバスで15分ほどのところにある。阿蘇の外輪山に囲まれた世界最大のカルデラの北端に近い。

 

 

4月の阿蘇観光で宿に選んだのは、内牧温泉にある旅館「蘇山郷(そざんきょう)」。

昭和7年、与謝野鉄幹、晶子が旅館の前身、旧永田邸に投宿し、玄関には「ゆかりの宿」と書かれている。

名のある歌人を迎えるため、永田邸をわざわざ改装したそうで、泊まった部屋は「杉の間」として保存されている。

樹齢1000年の綾杉で造られた床の間には、鉄幹、晶子の直筆歌幅が掛けられている。色紙も残した。

  うす霧や大観峰によりそいて朝がほの咲く阿蘇の山荘(晶子)

  霧の色ひときわ黒しかの空にありて煙るか阿蘇の頂(鉄幹)

ぴかぴかに磨き上げられた廊下。

二人は火口までは行かなかったらしい。

私と連れ合いは泊まった翌日、バスで山に向かった。

途中、奇妙なものがあった。写真は撮り損ねたので熊本県観光サイトから借用する。

 

国の名勝、天然記念物の米塚(こめづか)。

高さ約80m、直径380mのきれいな円錐形の火山で、3000年前の噴火でできたそうだ。健磐龍命(たけいわ たつのみこと)が収穫した米を積み上げたという阿蘇神話が名前の由来。「阿蘇のえくぼ」と呼ばれる頂上のへこみは、貧しい人たちにてっぺんの米をすくって分け与えてできたもの、と。

夏にはこのように緑に覆われるらしい。自然の造形美だが、宇宙的な美さえ感じさせる。こちらも熊本県観光サイトから。

草千里は緑の草原とはいかなかったが、広々として気持ちがよかった。

奥に見えるのが阿蘇五岳の一つ、烏帽子岳

観光乗馬の馬がゆっくり歩いている。

この後、草千里は濃霧に包まれ、見えなくなる。

草千里よりさらに一駅上の山上広場までバスで行った。訪れた時は警戒レベル2で、ここから出る火口へのシャトルバスは運行休止中。いずれにせよ濃霧で噴煙も何も見えず、即Uターンした。

「濛々(もうもう)と天地を鎖(とざ)す秋雨を突き抜いて、百里の底から沸き騰 (のぼ)る濃いものが渦を捲き、渦を捲いて、幾百噸(㌧)の量とも知れず立ち上がる。……」

夏目漱石の短編「二百十日」の一節。明治32年(1899年)9月、知人と試みた阿蘇登山の体験を元に書かれた。英国留学の前年、熊本第五高等学校の英語教師だった32歳の時の話。小説の中身は、男二人が拝金世相をぼやきながら噴煙をめがけて上るのだが、嵐にあって火口には行けなかった、というなんとも言えないお話。

火口を見なかった代わりに阿蘇火山博物館の動画を見学。

博物館前には過去の噴火で飛んだ大きな噴石がごろりと置かれている。こんなものが飛んでくるとは、恐ろしや。