二度目の倫敦⑦ウエストミンスターからテムズ川クルーズへ
3日目、ウエストミンスター寺院へ。11世紀に現在のスケール、13世紀にゴシック様式になり、18世紀に2本の塔ができたとか。
シュッとしてはる、と思う。
歴代王の戴冠式のほか、ロイヤル・ウエディングも行われてきた。現在のエリザベス女王とフィリップ殿下、ウイリアム王子とキャサリン妃も。ダイアナさんはチャールズ皇太子との挙式をここではなくセント・ポール大聖堂で行ったが、葬儀はここで行われた。ニュートン、ダーウィン、ディケンズらも眠る。
個人だと入場料は3000円と少々高額なので、内部の見学はパスした。美術館は無料なのに、この落差は何?
ここは北側の入り口。さらに歩くとテムズ川に出る。
寺院に隣接する時計台ビッグ・ベン(今はエリザベス・タワーと呼ぶらしい)と、国会議事堂として使われているウエストミンスター宮殿は、工事中。1834年の大火で消失した後に建て直されたネオ・ゴシック建築は美しいと思うが、被写体としては残念な姿でした。
テムズ川にかかるウェストミンスター橋。観覧車のロンドン・アイが見える。
ウェストミンスター宮殿そばのパーラメント・スクエア(訳すと国会広場?)には、数多くの銅像がある。
これは南アフリカのネルソン・マンデラ(1918-2013)。反アパルトヘイト活動で62年に投獄され、27年間、獄中生活を送った。アパルトヘイトは91年に禁止され、1994年に大統領に選ばれた。マンデラを釈放しアパルトヘイトを終焉させたデ・クラーク大統領とともに93年、ノーベル平和賞を受賞した。
デ・クラークといえば、ラグビーW杯日本大会で優勝、日本とも対戦した南アフリカチームの金髪スクラム・ハーフが記憶に新しいですが、大統領との関係はわかりません。チームの優勝パレード到着地は、マンデラが釈放後にスピーチしたケープタウン市庁舎。キャプテンは人種も背景も異なる選手の団結で優勝を成し遂げたこと、国の団結を改めて訴えたという。南アが優勝してよかった。
こちらはインド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンディー(1869-1948)。南アフリカでインド人の人種差別反対運動を指導し、帰国後にインド独立運動に従事、イギリスの弾圧の中で「非暴力、不服従」による闘争を続け、22回投獄された。手織布の奨励、塩専売法に反対する「塩の行進」でも知られる。第二次世界大戦後の1946年、イギリスはインドの独立を承認、47年にはインドとパキスタンが分離独立し、ガンディーはヒンドゥー教徒とイスラム教徒の融和に努めたが、ヒンドゥー教徒に暗殺された。
大英帝国の植民地あるいは連邦自治領でイギリスの政策に反旗を翻した人たちへの敬意を銅像にして表す。素直に評価しておきましょう。
女性たちが写真に収めていたのは、ミリセント・ギャレット・フォーセット(1847-1929)の像。知らない人だったので調べると、イギリスの女性参政権運動家だった。穏健なロビー活動の結果、1918年に財産の一定条件のもとに30歳以上の女性に初めて参政権が認められた。28年には21歳以上のすべての女性が参政権を得る。最初の参政権から100年を記念して、2018年にこの銅像が建てられた。ちなみに日本での女性参政権は第二次世界大戦後の1945年からでした。
そして、「ヒトラーから世界を救った男」(映画のタイトルです)ウインストン・チャーチル(1874-1965)。
老舗デパートのハロッズへ行く。買い物目当てだったが、フロアが細かくパネルで仕切られ、見通しがきかないので、不慣れなツーリストは迷路をさまようごとき、になる。20年ほど前に来た時もこうだったのかなあ。買い物は早々に見切りを付けた。
ハロッズ周辺のナイツブリッジ地区は高級住宅街らしい。多くは1700年代後期から1800年代にかけての建築で、赤レンガで統一された街並みが美しい。
重厚だけれど、なんか洒落てます。
少し違った意匠の住宅。レンガ塀の入り口には、「犬ダメ」「車の転回ダメ」などの文言が。
こちらは白い低層住宅。
前庭に水晶玉のような飾り。掃除が行き届いた感じです。
この日はテムズ川アフターヌーンティークルーズを予約していた。
タワー・ミレニアム・ピアから出発する1時間半のクルーズ。
地下鉄でふ頭最寄りのタワーヒル駅へ行き、地上に出ると、ロンドン塔が正面にあった。
ナショナル・ギャラリーの「レディ・ジェイン・グレイの処刑」の舞台になったこの塔は、11世紀に要塞として建設され、王の居城にも使われたものの、その後牢獄としての期間が長く、ロンドン塔=血まみれの権力争い、のイメージが強い。今も幽霊が出るという話なので、内部見学はパスした。
ロンドン塔に隣接したスケートリンク。ロンドンでは冬にリンクがあちこちにできる。
ふ頭から見たタワーブリッジを二階建てバスが通る。
テムズ川に浮かぶ英国海軍の巡洋艦ベルファスト号。1939年に就役、第二次世界大戦、朝鮮戦争を経て63年に退役し、今は戦争博物館に。こんなところに軍艦を陳列するとは、敗戦国には考えられない。
ロンドンの12月は、本当に日が落ちるのが早い。午後3時30分のクルーズ出航時にはもう暮れかけていた。
ロンドン・アイにも灯が入る。
元工場をショップやレストラン、ギャラリーの入る建物に改装したOXO(オクソ)タワービル。
このクルーズはアフターヌーンティー付きで1人£32、5000円足らず。一石二鳥でよい、と思ったが、さすがにお味も雰囲気も、ホテルやレストランの優雅なものとは違ったようだ(そちらを経験していないので、はっきりしたことはわからないが)。この料金ならこんなもんかな、と半分納得したのだが、近くの席の英語圏ではない観光客らしきファミリーは、ほとんど食べず、不機嫌の固まりと化していた。食べきれず持ち帰ってホテルの部屋で食べたスイーツ系はそれなりにおいしかったけど。
テムズ川沿いには奇妙な形の高層ビルがある。
セント・ポール大聖堂とミレニアム・ブリッジ(2000年完成)。
上部の幅が広くなったビルは、携帯型無線機に形が似ていることから「ウォーキー・トーキー」とのニックネームがある。2013年に完成。
サザーク橋
ロンドン橋
空に突き刺さるような尖ったビルは、ロンドン№1高層ビル(310m)のザ・シャード。地上73階建て、ホテルやレストランが入り、「ガラス破片」と呼ばれるこの建物は2012年にできた。20年以上前のロンドン訪問時とは風景がすっかり変わっているようだ。新しい世界もいい。
タワーブリッジは変わっていなように見える。
パリのセーヌ川クルーズは、オルセー美術館やノートルダム寺院などを船から間近に見ることができ、ハイライトは光り輝くエッフェル塔の神々しく大迫力の姿。数々の個性的な橋も面白く、橋上の人と手を振りあうという親密感もある。比べてテムズ川は、川幅がセーヌの倍近くある感じなので、風景や人との距離がやや遠いけれど、古いものと新しいものがまじり合った異世界を楽しめる。
様々な意匠。
ロンドン塔は変わりようがない。
タワーブリッジをくぐる。
高層ビルにはさまれたタワーブリッジ
クルーズを終えた帰路のスケートリンクはにぎわっていた。ロンドン塔の幽霊もびっくり。