パリ95番バス

映画と本とアートと遊歩

二度目の倫敦⑥バンクシーからホームズへ

ナショナル・ギャラリーで額縁に収まった過去の絵画を見たあと、覆面ストリートアーティスト、バンクシーの作品を見に行った。f:id:LOUVRE:20200218175913j:plain

場所はオックスフォード・ストリートの繁華街から公園ハイド・パークに通じるマーブル・アーチ横の壁。

2019年4月、環境保護団体「絶滅への反逆」が主催した気候変動対策を訴える大規模デモが周辺で行われ、その後、この絵が見つかった。

少女は団体のシンボルマークを手にし、芽の出た植物とショベル。書かれた文字は

「FROM THIS MOMENT DESPAIR ENDS AND TACTICS BEGIN」

「この瞬間から、絶望は終わり、戦術が始まる」

デモは交通に大混乱を招き、多数の逮捕者も出た。バンクシーはデモに賛同して描いたとみられている。

英国ブリストル出身で、ロンドンを拠点に、社会問題に対するダークな風刺画を世界各地でゲリラ的に描き続ける。戦争、暴力、人権、環境、消費、貧困。美術館の鑑賞者ではなく、通りすがりの人に訴える壁画。

ロンドンのサザビーズのオークションでは、2018年、「風船と少女」が1憶5000万円で落札された瞬間、シュレーダーで切断され、話題になった。昨年10月にはチンパンジーが議場を埋めた英国議会の絵が13億円で落札されている。バンクシーをも商品に取り込む消費社会。

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 隣にあったこの絵はバンクシーではない、らしい。

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マーブル・アーチは、ローマのコロッセオそばにあるコンスタンティヌス凱旋門を模して、1827年にバッキンガム宮殿の正門として建てられた。しかしその後の宮殿増築の際、狭くて公式の馬車が通れないことを理由に、ここに移されたとか。

この門の南側にイリュミネーション輝く遊園地があった。

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クリスマスシーズンに出現するウインター・ワンダーランド。広いハイド・パーク内に乗り物やゲームなど様々なアミューズメントがあり、家族連れや若いカップルでにぎわっている。寒いし、我々のような高齢カップルは場違いだった。

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LEDで電力消費は抑えられているとはいえ、バンクシーの絵の近くにキンキラリンの世界が広がる皮肉。

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 マーブル・アーチ近くで二階建てバスが数珠つなぎになっていた。ロンドン滞在中、バスは便利なので数えきれないほど乗ったが、バスの数が多すぎるのではないか、と思うこともあった。停留所で待っていると、同じ路線番号のバスが2台、3台続けて来る場面も。ダイヤ編成に無駄が多いのではないか、交通渋滞はバスのせいではないか…。渋滞のためにタクシーは料金がかさみ時間もかかり、回転が悪いので台数が必要、それが渋滞に拍車をかけるという悪循環、とか、素人ながら、つらつら考える。

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街なかで写真を撮れば、赤い二階建てバスが映り込む。ロンドンの象徴でもあるので、被写体としては悪くないが。

パリでもバスをよく使う。ブログ名を「パリ95番バス」としたほどですから。パリの黄金路線では2階建ての代わりに2両連結を使っている。

調べてみると、パリのバスは1500路線、保有台数9000車両、年間乗客13憶人に対し、ロンドンは700路線、8000車両、20憶人という数字がある。営業距離や人口(パリは220万人、ロンドン890万人)も関係し、統計数字の正確さもわからないが、ロンドンバスの輸送量、需要が多いことはなんとなくわかる。東京都営バスは1500車両、年間乗客2憶3000万人で、ロンドン、パリに比べ、車両数も乗客数も桁違いに少ない。

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1909年創業の老舗デパート、セルフリッジス。

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ドラゴンのようなオブジェが見える。f:id:LOUVRE:20200218180004j:plain

オックスフォード・ストリートに面したスイス時計の店は洒落ている。

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バスの二階席からの車窓風景。クリスマスシーズンだったので、天使が舞う。気候変動を憂いながら、夜景には魅かれる矛盾。

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ここにも天使が。

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クリスマスツリー

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メリルボーン・ハイ・ストリートの街角のパブ。ロンドンには至るところにパブがあり、どこも客が店の外にはみ出すほど、にぎわっている。

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 ストリートに面して、20世紀初めのエドワード朝時代の建物を使った書店「ドーント・ブックス」がある。旅行書やアート関係の本が多いようだが、国別に並べているのが特徴らしい。そして何より、木製の本棚がぐるりと取り囲む、中二階のある吹き抜けのメーンフロアの重厚なたたずまい。途中には地下に降りる木の階段があり、突き当りにはステンドグラスの窓。

この近くには地下鉄のベイカー・ストリート駅がある。小説でシャーロック・ホームズと相棒ワトスンが住んでいたことで、ベイカー・ストリートは世界に知られる場所になった。

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ところどころに椅子があって、本をゆっくり読むこともできそうだ。残念ながら、今回は店内をさらりと見て終わりました。次回は本を吟味しよう。

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書店つながりで、これは翌日訪れたピカデリーの老舗書店「ハッチャーズ」。創業1797年、イギリス最古にして、王室御用達の書店らしい。

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ディテクティブ・フィクションのコーナー。探偵小説、推理小説といえば、ホームズを生んだイギリス抜きには語れない。

19世紀末、大都会ロンドンには各地から人が集まり、闇の部分が生まれ、犯罪が行われ、娼婦連続殺害の切り裂きジャック事件が起きる。犯罪への関心、好奇心が高まる一方で警察機構が整備され、民主主義の発達で犯罪立証に証拠主義が取られるようになり、ミステリー発展の土壌がつくられていく。

さらに中産階級に余暇が生まれたこと、鉄道による長旅のお供としてのミステリー需要。ゴシック・ホラーや幽霊話が好きな国民性もあずかったのではと思う。

 アーサー・コナン・ドイル(1859-1930)が1887年に出版した「緋色の研究」にシャーロック・ホームズが初登場し、これを原型に、世界中であまたの名探偵が生まれることになる。ホームズは繰り返し映画化、ドラマ化(最近ではカンバーバッチ、日本ではディーン・フジオカ)されている。

イギリスのフィクションが生んだ3大有名人は「シャーロック・ホームズジェームズ・ボンドハリー・ポッター」であるらしい。

小学生の時にホームズ、ルパン、明智小五郎をよく読んだ。ホームズとルパンの対決という、不可解な作品もあったけれど、以来、ミステリー好きは治らない。

アガサ・クリスティチェスタトンクロフツ、フィルポッツら少々古いところから、ドーヴァー主任警部シリーズのジョイス・ポーター、フロスト警部シリーズのウィングフィールド、ドラマ「刑事フォイル」の脚本家で「カササギ殺人事件」など近年評判のアンソニーホロヴィッツら、イギリスのミステリー作家は枚挙にいとまがない。

ディック・フランシスの競馬シリーズ、キャビン・ライアルの「深夜プラスワン」「最も危険なゲーム」など、時を忘れて読みふけった小説も英国産なのだった。

イギリスは古くから戦争、貿易での情報収集と通信の重要性を認識し、スパイ網、通信網を世界中に作って、第一次、第二次世界大戦、冷戦、冷戦後に活用した。イラク戦争のきっかけになった大量破壊兵器の情報のように、時にガセネタで世界を混乱に招く失策もあるけれど。

そんな情報戦から生まれたスパイ小説も他国の追随を許さない。グレアム・グリーンジョン・ル・カレ(「寒い国から帰ったスパイ」ほか)、007のイアン・フレミングフォーサイス(「ジャッカルの日」)、ケン・フォレット(「針の眼」)。

アリスティア・マクリーンの「ナバロンの要塞」という戦争冒険小説もありました。

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ここはポエトリー、詩集コーナー。英国詩人はバイロンシェリーらロマン派詩人、ウイリアム・ブレイクとT・S・エリオットぐらいしか知らないが、何段もの本棚に詩集が並んでいるのを見ると、この国では詩を読む人がまだまだ多いのかもしれない。

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シェイクスピアだけの棚がある。「ハムレット」と「ロミオとジュリエット」は映画で観たが、イギリスが誇る大作家をまともに読んでいないことに気づく。ただ、そもそも劇場用の戯曲だから、映画で観るのは正しい味わい方ともいえる。

シェイクスピアの国は、劇と物語の国なのだと思う。

ミステリーやスパイ小説のみならず、イギリスの文学は子供のころからなじみが深い。
デフォーの「ロビンソン・クルーソー」、スティーブンソンの「ジキル博士とハイド氏」(19世紀末ロンドンの光と闇)。イギリス生まれのアメリカ人、バーネットの「小公女」は19世紀のロンドンを舞台に、インドもからんで、英国小説みたいなものですね。

ヴィクトリア朝時代を代表する小説家ディケンズ(1812-1870)は、高校生の時に「デイヴィッド・コパフィールド」という長編を苦労して読んだ。評判高い「二都物語」「クリスマス・キャロル」は未読。ディケンズは当時の貧困や格差を小説で描いて、社会改革に影響を与えたらしい。
H・G・ウェルズ(1866-1946)のSF「タイムマシン」「透明人間」「宇宙戦争」は、今も小説、映画で様々なバリエーションが作られ続けている。無気力な未来人が登場する「タイムマシン」は大英帝国の凋落を、ロンドンが廃墟と化す「宇宙戦争」はヒトラードイツの予言、という読み方もできる。
ジョージ・オーウェルの「1984年」やオルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」という未来ディストピア小説もイギリスならではか。
現代のカズオ・イシグロ(「日の名残り」)やイアン・マキューアン(「贖罪」)が書く人間洞察とアイロニーに満ちた物語は、イギリス文学の伝統でしょうか。f:id:LOUVRE:20200218180339j:plain

読書もいいけど食事もね、とウエストミンスター寺院近くまで戻り、老舗パブ「レッド・ライオン」で軽い夕食を。

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前夜はビールとフィッシュ&チップスだったので、この日はマルドワイン(ホットワイン)と伝統のビーフシチューパイ。ロンドンっ子の気分を少し味わいました。