パリ95番バス

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ジャコメッティのアトリエ

アルベルト・ジャコメッティの彫刻と絵画は40数年前の大学生のころ、確か、展覧会で見て以来、記憶の隅に残り続けていた。極限まで細くなった人、何重もの描線で透写されたような顔。

確か、というのは、今調べてもそのころ関西でジャコメッティ展があったという記録がないからで、ではどこで見たのか、夢で見たのか、と不思議ではある。

今回のパリ旅行で最初に訪れたのが、「ジャコメッティのアトリエ」。

アールヌーボーの建物の閉ざされた青い扉をそれと気付かず通り過ぎ、入口を探す会話を聞きつけたのか、中から職員が扉を開けて招き入れてくれた。

 階段を数段降りたところにガラス張りのアトリエが再現されている。

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等身に近い「歩く男」の石膏像、「座る男の胸像」、大小様々な像が取りとめもなく並んでいる。あの「犬」の石膏像もある。

壁には人物が落書きされている。

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粗末なベッド、イーゼル、机とその上に乱雑に置かれたパレット、筆。灰皿には吸殻まで。

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ジャコメッティが制作の途中で、近くのカフェに出かけてしまったようだ。

作家の総てが詰まった濃密な空間。 

スイス出身のジャコメッティ(1901~1966)は20歳でパリに出て彫刻家ブールデルに学び、キュビスムシュルレアリスムなどの影響を受けながら、独自の世界を築いて行く。

モンパルナスに40年住み、そのアトリエを元の場所近くでジャコメッティ財団が再現、2018年6月にオープンした。作品、家具、身の回りの物、壁の絵までも、すべて本物らしい。

 執拗に描き直し、いつまでたっても完成しない肖像画。映画「ジャコメッティ 最後の肖像」(2017年)にも出てくるその制作の姿を、一時期モデルにもなった矢内原伊作は著書の中で描き、ジャコメッティの言葉を添えている。

「このまま残すということは絵画を放棄するということだ。壊さなければ前進できない」

「くそっ」とか「こいつは怖ろしい」とかが口癖の全身彫刻家は、「フィリップ4世はヴェラスケスに肖像画を描かせた。この王様が人類のために為した最大の仕事はポーズしたことだった」とユーモアも忘れない。

アトリエに唯一人、自由に出入りすることを許されていた作家ジャン・ジュネは「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」(鵜飼哲編訳)で、こう書く。

「彼の立像たちは、ある過ぎ去った時代に属しているようにみえる。時間と夜ーそれがこの立像たちを巧みに鍛え上げたのだーに腐食され、あの風格を、甘美にして苛酷な、過ぎ去る永遠の風格を与えられた後、発見されたもののように、あるいはさらに、それらは炉から出てきた、恐るべき焼成の残滓でもある。炎が消えた後、こんなものが残るはずだというような」

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焼け跡から蘇ったような立像から、ホロコースト、空襲を想起することは難しいことではない。

ジャコメッティは彼の同時代人のために仕事をしているのではない。来たるべき世代のためでもない。死者たちをついに魅了することになる立像を、彼は作っているのである」

 アトリエ横で上映されているドキュメンタリー映画が実に面白い。

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ジャコメッティ財団の公式HP

https://www.fondation-giacometti.fr/