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パリ ピカソ美術館(Musée Picasso Paris)ー北斎とピカソは似ている

ピカソの作品は4点買った。うち2点は居間に飾っている。本物ではないが(言わなくてもわかっている)、部屋の装飾に悪くない、と思っている。

1点はパリのピカソ美術館で買った「ヴァイオリンと楽譜」。素材を張り合わせたコラージュで、キュビズム時代の1912年の作らしい。以前、ピアニスト辻井伸行さんのテレビ番組で、辻井さんがヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した時の米国人のホストファミリーの部屋に、同じものが掛けられているのに気付いて、あっと思ったことがあった。家の人もピカソ美術館に行ったのか、と。

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居間にあるもう1点は、大阪の国立国際美術館所蔵の「道化役者と子供」。「バラ色の時代」の1905年のグワッシュとパステルによる作品のレプリカだ。

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ピカソは1900年、19歳の時にスペインからパリに来て、膨大な作品を制作、1973年に亡くなったあと、相続税代わりに遺族がフランス政府に作品を寄贈し、これをもとに17世紀の邸宅を使った国立のピカソ美術館ができた。絵画300点、彫刻250点、印刷物と版画3900点など5000点を収蔵しているとか。

美術館には近年の大改装のかなり以前に訪れたので、改装後どうなっているかは知らないのだが、「青の時代」の「自画像」から始まって、各時代の作品が大量に展示され、ピカソを堪能できる美術館、という印象が強い。変身、変貌、精力旺盛(いろんな意味で)。ギュスターブ・モロー美術館同様、個人美術館ならではのフルコースの満足感を味わわせてくれる。

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「夜のパリ」などで知られる写真家ブラッサイに「語るピカソ」という本がある。「私に興味がおありでしたら、ブラッサイの本書をどうぞ」とピカソが言ったと、本の帯にある。1968年にみすず書房から出されたこの本(原著の出版は1964年)は、ドイツのパリ占領時代の1943年から解放の1944年とその後の2年間を中心に、ピカソと詩人、芸術家たちの交流がつづられている。登場するのはジャック・プレヴェールポール・エリュアール、アンリ・ミショー、アンドレ・マルロー、ヘンリー・ミラー…。

電子レコーダーもなかった時代に、これだけの会話、語録がよく記録できたものだと思う。

いくつかの抜粋。

ピカソーー写真で君が表現しようとしているものを見ると、絵画がもうそこからはなれてしまったもののことがわかる…レンズのおかげで、こんなふうによく定着できるものを、画家はなぜとりかえしがったりするのだろう?それは愚かというものではないかね?写真はちょうどよいときにやってきて、絵画をあらゆる文学や逸話や主題から解放したのだ…いずれにしても、主題というもののある局面は、それからは写真の領域に移った…画家たちはようやく手に入れた自分たちの自由を、他のものをつくるために当然利用していいのだよ」

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大英博物館で開催され、あべのハルカスでもと、北斎ブームが続いているようだが、北斎が鶏の脚に赤い絵の具を付けて放して絵を描いたというエピソードを、ピカソブラッサイが語りあう場面があり、ブラッサイは二人の画家に共通性を見て取る。

 

「この北斎の即興がピカソをひどく面白がらせるとすれば、それは彼が北斎と多くの点で似ているからである。あらゆる面におけるものの形態への激しい好奇心、飛躍する生をすばやく把握し、大まかで簡潔な線の中にそれをしっかり定着してしまう能力、忍耐強い注意力と閃光のような制作…ピカソと同じく、北斎もあらゆる実験に身を投じ、何物をも拒まなかった。時には絵画外の手段を利用し、手当たりしだいの道具を使いーーたとえば顔料をつけた卵の先端ーーユーモア、コミックな気分、優しさ、あるいは残酷さをもって、即興したり模作したりするのを好んだ…それに、何でもないものからオブジェを作りだすピカソの才能には、なにか日本的なものがないだろうか?彼が木切れとか紙ナプキンからひっぱりだしてくる、楽しい、あっと驚かせるような思いがけないいろんなものは、北斎のすばらしい才能と近しいのではなかろうか?それからまた、長い人生の一日たりとも、手の活動を停めようとしないあの性癖を?私は、あの≪画狂老人≫がその『絵本彩色通』でみずから描写している通りのピカソを想像する。止むことのない絵画への熱狂に憑かれて、絵筆を口に一本、両手に一本ずつ、両足に一本ずつもって絵を描いている姿…」

つい引用が長くなってしまった。名翻訳は、ともに詩人であり、シュルレアリスムの紹介者でもあった飯島耕一大岡信の両氏。余談だけれど、高校時代に二人の著書によってフランス詩を知り、大学で仏文を専攻することになったいわば恩師のような人たちだが、飯島氏は3年前、大岡氏は今年4月に亡くなった。

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冒頭の4点の購入ピカソの話に戻ると、3点目は、島根県立美術館で開かれていた「パリが愛したリトグラフ ムルロ工房と20世紀の巨匠たち」展(2015年)で買った絵葉書の「鳩」。このリトグラフは、1949年、パリで開かれた国際平和擁護会議のポスターに使われたそうで、一説によると、これによって鳩が平和のシンボルとして定着したとされる。ピカソはPaloma(スペイン語で鳩)という名の娘もいたほど鳩好きだったようで、鳩をモチーフにしたデッサンも多数残したが、この作品は少し写実っぽくて、鳩の体温まで伝わってきそうだ。あとの1点は有名な春画「夢」の絵葉書。どこで買ったのか、記憶にない。