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映画と本とアートと遊歩

夢中の迷宮、オルセー美術館

パリのオルセー美術館は何回目かの訪問で、以前、二回に分けてブログで書いたことがあるので、今回は過去、見落としていた作品、見過ごしていた作品を取り上げたいと思います。

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エリー・ドローネー「死の天使ーローマのペスト」(1869)

2014年の日本でのオルセー美術館展(行けませんでした)に来て、気になっていた作品。ローマの教会で15世紀にローマを襲ったペストの絵画を観てインスピレーションを得た画家が描いた。善の天使に指示された悪の天使が家の扉を槍でたたく。ヨーロッパを繰り返し襲ったペスト。天使と黒死病の取り合わせが恐ろしい。表裏一体の善と悪、あるいは天使の顔をした悪魔。

アルベール・カミュが1947年に発表した小説「ペスト」はアルジェリアの都市に発生した20世紀のペストを描いた不条理災厄ハードボイルド。ナチス占領時代から構想され、ペストは戦争の暗喩でもあるという。この絵からもそんな意味を読み取りたくなる。

小説で、ペストに勝利した末に、主人公の医師は「知っている」という。

 

ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古のなかにしんぼう強く待ち続けていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの不幸な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうことを」(宮崎嶺雄訳)

 

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 ルーヴル美術館にあってもよさそうな絵です。

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イリアム・ブーグロー「死の前の平等」(1848)

これも…。

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ジャン・レオン・ジェローム「闘鶏」(1863)

このあたりはアカデミックコーナーなので、オルセーにしては…という絵画が並びます。ドラクロワもあったはずだけど、見つけられませんでした。

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これも、ですね。

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アレクサンドル・カパネル「ヴィーナスの誕生」(1863)

ナポレオン三世が即買い上げを決めたという作品。アカデミー得意の神話の名を借りた裸体画、ですね。横たわって挑発する同じようなポーズだが、娼婦をリアルに想像させるためにひんしゅくを買ったマネの「オランピア」と比較されます。

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エドゥアール・マネ「白い牡丹の枝と剪定バサミ」(1864)

筆触だけで描いたぜ、という感じの静物画。写実に徹した伝統的静物画とも違うし、アカデミーの神話や聖書の世界からも、むろんかけ離れた眼の前のリアル。

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マネ「ロシュフォールの逃亡」(1881)

ナポレオン三世の帝政への反体制新聞を創刊、パリ・コミューンニューカレドニアに追放されたロシュフォールの脱出劇を描いた。スイス・チューリッヒ美術館にも同じ場面を描いた絵があるらしい。そちらは舟が中央にあり、こちらは、波を描きたかっただけではないかと思うほど、海の割合が大きく、その分、脱出のスリルも感じさせる。これも2014年のオルセー美術館展で来日。

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クロード・モネ「エトルタの荒れた海」(1868―1869)

水は印象派が好んだ対象だった。海の波、川のさざ波、睡蓮の池を繰り返し描いたモネを、マネは「水のラファエロ」と呼んだそうだ。

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エトルタの奇岩風景は画家に人気で、これはギュスターブ・クールベの「嵐のあとのエトルタの断崖」(1870)

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ポール・シニャック「ラ・ロッシェル港への入港」(1921) 

点描画では水紋も優雅に見える。

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コート・ダジュールに住んだ「点描派」の一人、 アンリ・エドモン・クロスの「金色の島々」(1891―1892)。地中海のイエール諸島。

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ニースの海岸で撮った写真に似ている・・

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モネ「アルジャントゥイユの鉄橋」(1874)

鉄橋を走る蒸気機関車という近代の風景を対象にしながら、モネは川の波にこだわらずにいられない。二つの動きを一瞬に凝縮した絵は、スナップ写真の原型でしょうか。

前衛芸術家(「老人力」の作家でもありますが)のイメージが強い赤瀬川原平さんは、意外に印象派が大好きで、別冊「太陽」の「赤瀬川原平印象派探検」(1996)で一冊まるごと、その魅力を語り尽くしている。

その巻頭、「印象派の絵の快感のヒミツ」から。

 

印象派の絵は観察の絵である。見えるものをその通りに描くだけで、生き生きとした絵が生まれる。その通りに描こうとするほど、絵は透明になる。だからその観察と描写の中で、画家の個性というものがどんどん蒸発していく」

「自然をつかまえることに夢中になっているのだ。その夢中の中で自我が消えてしまった風景画の何と透明で気持ちのいいことか」

「自然を見れば、たしかにいまもある範囲は美しい。でも夢中になれない。技術で風景を描いたとしても、絵は不思議なもので、『夢中』をあらわすことはどうしてもできない。夢中になれない気分が、どうしてもあらわれてしまう」

印象派の風景は、やはり印象派の画家たちだけの特権である。あの時代にはじめて自然を描きはじめた画家たちの特権であり、何といってもはじめてコトを成した人たちの特権なのだ」

 

キーワードは「夢中」。

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人気のモネの部屋

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ファンタン・ラトゥール「ドラクロワ礼賛」(1864)

マネやボードレールの姿が見える。

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トゥルーズ・ロートレーック「黒羽毛のショールの女」(1892)

目に焼きつく劇画のインパクト。羽毛に覆われた悪魔、のようにも。

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ロートレックの筆の動きに目が引き付けられる

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エドガー・ドガ「カフェで」(1873)「アプサント」とも呼ばれる。

バレリーナの一見華やかな世界にも影を描いたドガのパリ風俗の一コマ。

女性の放心したような表情が忘れがたい。女性の前にあるのが、あのアルコール度数80%超とされる酒、アプサント。当時の画家や詩人たちが愛飲し、身を滅ぼした酒だった。「アル中ール」ランボーの詩にも出てきて、若気の至りで一度飲んだことがある。口の中が焼けそうだった。

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ドガ「舞台稽古」(1874)

第一回印象派展の出品作という。

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マクシミリアン・リュス「サン・ミッシェル河岸とノートルダム聖堂」(1901)

点描を使ったパリの情景。市井の人びとが丹念に描かれている。

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同じマクシミリアン・リュス「1871年5月のパリの路上」(1903―1905)

アナーキストの画家は、普仏戦争でフランスが敗北した後の市民の叛乱、パリ・コミューン(1871)の「血の一週間」で、市民が多数死んだ情景を描いた。手前の死者のリアリズムと背景のほんわりしたカラーとのコントラスト。画家は少年時代にあった市民の虐殺を記憶していたのか、よほど腹に据えかねたのか。

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 以前はなかったような気がする大時計のあるカフェ。

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ファン・ゴッホ「コードヴィルのわらぶきの家」(1890)

オルセーには「星降る夜」「自画像」「オーヴェル・シュル・オワーズの教会」「アルルの寝室」などのゴッホの名作が数多くある。「アルルの寝室」は6月11日から東京・国立西洋美術館で開催の「松方コレクション展」で日本に行っていた。戦前、松方幸次郎が購入したけれど、戦争でフランスが接収、その後返還されなかった一点。

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ゴッホ「午睡」(1889―1890)

ミレー作品をもとにしたらしい、淡彩の穏やかな光景。

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フランソワ・ミレー「春」。

バルビゾンの田園を描いた絵は幻想的で、農夫たちの宗教性に通じるものを感じる。神秘主義者だったのか。

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ポール・セリュジエ「タリスマン」(1888)

一見、何が描かれているのかわからない。カンディンスキーの初期の抽象的風景画を連想させる。ゴーギャンの教えを受けて描いた風景画で、木の幹、家は形をなさず、色彩の連なりになった。これがナビ派の誕生のきっかけになったとも。だからタイトルは「タリスマン=護符」。

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 ナビ派エドゥアール・ヴュイヤール「眠り」(1892)

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ロダン美術館は素晴らしいが、オルセーでは絵画に目を奪われて、ロダンを含め彫刻はいつもスルー状態。今回は少し彫刻にも目を向けた。とはいえ、まだおざなりですが。

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踏まれて悲鳴を上げ、助けを求めているのに、だれも気付いてくれない。この美術館の彫刻の立場を表しているような。

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ジャン・バティスト・カルポー「ダンス」(1965―1969)

こんな楽しげなのもあれば、

エルネスト・バリアスの「ヌビア」(1894)のようにアフリカの古代を舞台に、

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ワニと闘ったり、

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猛禽と闘ったり。

館内では大変なことが起きていたのですね。

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ブールデル「弓を引くヘラクレス」(1909)

東京の国立西洋美術館の前庭に、ロダンの作品とともにあり、日本人には馴染みが深い。

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館の外も美術館

建物自体が迷宮のルーヴル美術館と違って、駅舎だったオルセーは比較的シンプルな構造だが、謎めいた作品が、細かく仕切られた部屋にも、オープンスペースにも隠れている。まだまだ見落としている作品があって、後から調べていて、ああ、こんな作品が、と思う。また迷宮に分け入りたい。