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決定的瞬間の記憶「パリ・マグナム写真展」

写真家の優れた眼なのか、被写体の持つ物語性なのか、パリ好きのフィルターのせいなのか、パリをテーマにしたマグナムのこの写真展(京都文化博物館、9月18日まで)は面白かった。

アンリ・カルティエブレッソンの最もよく知られた「ヨーロッパ広場、サン・ラザール駅」(1932年)から、第一部「マグナム・ビフォア・マグナム 1932―1944」は始まる。ストライキの労働者やフランス人民戦線、パリ解放時のレジスタンスやシャンゼリゼロバート・キャパはノルマンジー上陸作戦の写真はブレとボケの印象しかなく、さすがのキャパも…と思ったが、パリ解放はキャパ全開だったようですね。

第2部「復興の時代 1945-1959」は、戦後のパリの人々の生活を切り取り、サンローランのロングスカートや、サルトルボーヴォワールジェラール・フィリップの写真も。第3部「スウィンギング・シックスティーズ 1960―1969」。カルティエ・ラタンでの学生たちの暴動、五月革命が当時の激しいエネルギーを伝える。敷石がはがされ、バリケード状に積み上げられた朝の街を、寝巻姿の男女が見物に来た?というような、今から見ればユーモラスな1枚もある。第4部「多様化の時代 1970―1989」ではポンピドゥーセンター、ルーヴル美術館のガラスのピラミッドの建設があり、カラー写真によって同時代感が出てくる。そして第5部「解体の時代 1990―2018」は難民、「シャルリ・エブド」襲撃事件、同時多発テロマクロン大統領の当選と、パリの今に続く。

出来事、人、風景によるパリの記憶。現実のストレートな写真でありながら、その写真家にしか撮れなかった「決定的瞬間」というものがあるのだと知らされる。

ブレッソン、キャパらが中心になり、パリで1947年に生まれた写真家集団マグナム・フォト。その70周年にパリをテーマにした海外巡回展が企画された。マグナムの膨大な数の写真から選ばれた131点だが、何を選び、何を捨てたのか。報道写真である以上、パリにとって不都合な写真も多数あったのだと思うが、そうした写真は限られている。

キャパは1954年、40歳の時にインドシナ戦争で地雷によって死亡し、ともにマグナムを創設したデビッド・シーモアも2年後、第二次中東戦争の取材中に銃弾に倒れる。戦争写真家の宿命なのか。戦争中に入れられた収容所を生き延びたブレッソンは95歳まで生きたけれど。

Taschen社の「Paris」というでかくて重い写真集が家にある。重いのはキャプションや解説がご丁寧に仏、英、独の三か国語で書かれているせいもある。19世紀にフランスのダゲールが発明した銀板写真ダゲレオタイプ)の時代からの写真を収め、今回の写真展の一部も掲載されているが、1960年代以降が薄いことは否めない。新たなパリの写真集を待望しながら、改めてこの写真集を眺め、マグナムの写真について考えると、被写体となるパリらしさというのは、20世紀でほとんど尽きているのかもしれないとも思う。

スーザン・ソンタグは戦争写真論「他者の苦痛へのまなざし」の中で、「写真は主要な芸術のなかでただ一つ、専門的訓練や長年の経験をもつ者が、訓練も経験もない者に対して絶対的優位に立つことのない芸術である。これには多くの理由があるが、そのなかには写真を撮るさいに偶然(ないし幸運)が果たす大きな役割と、自発的で荒削りで不完全なものがよしとされる傾向がある」と書いている。

スマホによって誰もがカメラマンになり、デジタルで編集、加工も自在になった現在に一層当てはまる。毎日、何億もの写真がネットにアップされる時代の写真家も大変ですね。

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ヨーロッパ広場 サン・ラザール駅 1932年 アンリ・カルティエ=ブレッソン ©Henri Cartier-Bresson / Magnum Photos 
 

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 凱旋門 1952年 ロバート・キャパ ©Robert Capa / International Center of Photography / Magnum Photos

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 タイム・ライフ社から見たコンコルド広場 1952年 ロバート・キャパ ©Robert Capa / International Center of Photography / Magnum Photos

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パリ、1996年 ゲオルギィ・ピンカソフ ©Gueorgui Pinkhassov / Magnum Photos