「黒い睡蓮」 たまにはミステリー
クロード・モネが後半生を送ったフランス・ノルマンディー地方の小村ジヴェルニーを舞台にした仏製ミステリーと聞けば、読まないわけにいかない。
睡蓮の池近くで村の眼科医の男が水死体で見つかる場面から始まり、3世代、3人の女性の話が並行して叙述される。未発見の「睡蓮」の絵、過去の子供の水死事件などもからみ、話がどんどんややこしくなっていく。
バラ色をしたモネの家、晩年ひたすら描き続けた睡蓮の池、黄色や青のタイルの食堂、家に置かれたルノワールの絵…。一昨年7月にパリからの小旅行でジヴェルニーを訪れた時の風景が次々に登場するので、それらを思い出しながら読み進めるのも楽しかった。モネをめぐる話は詳細でほぼ事実に沿っているらしい。「死の床のカミーユ」の考察を含め、モネ論もちりばめられている。
最後はあっと驚くとともに、フランスの小説らしからぬロマンを感じさせる終わり方(というのも、仏小説は意外に残酷、冷酷なので)。
人物造形はよくできていて、小説として面白いと思う。トリックに騙された感もあってミステリーとしても上々、と思ったのだが、騙され要因を探るべくぱらぱらと読み返すと、アンフェアとも思えるミスリードがあり、本格的なミステリーファンだと怒っちゃうかもね。その一方で、あからさまな(特にフランス人にとって)謎解きの伏線が仕掛けられているので、結局、見抜けなかった私がバカ、とも言える。
モネの時代のジヴェルニーの風光が今に残ることが、ミステリーを成立させる要素となっている、と言い添えておきたい。
ミシェル・ビュッシ著、平岡敦訳、集英社文庫。
小説に登場するモネの家や、ゆかりのルーアンの写真を便乗掲載します。
モネの家
モネの家のタイル張りの食堂
死後、家には多数のモネの作品が残された(現在はコピーを展示)。小説に出てくる「死の床のカミーユ」(右から2番目)も。
モネはルノワール(左上)ら印象派の他の画家の作品も所蔵していた
北斎ほか日本の江戸版画の数は想像を超える
睡蓮の池
モネの庭
庭に立つモネ
時の移ろいとともに変化する光と影と色彩を、モネが連作で描いたルーアン大聖堂
小説に登場するルーアン美術館。印象派が描いた肖像展が開かれていた
この小説とは何の関係もないが、ルーアンは「ボヴァリー夫人」の作家フローベールが生まれた街。とりわけ「三つの物語」が好きで、宿泊したホテルに作家の彫像が飾ってあるのが目に止まった。フロントの人に「なぜこのホテルに」と尋ねたら、「ルーアンで生まれたから」と要領を得ない返事だったが、言語力不足で、それ以上聞かなかった
パリ・オランジュリー美術館の「睡蓮」。木の幹が画面を上から下にドーンと貫いている構図、柳の枝のしだれ具合は、浮世絵の影響でしょうか